東京地方裁判所 平成11年(ワ)12016号 判決 2000年11月24日
原告
長谷川隆一
原告
今井明
原告
菅谷光哉
原告
浜辺良信
原告
山田進
右5名訴訟代理人弁護士
戸谷豊
同
内田雅敏
被告
エスエイロジテム株式会社
右代表者代表取締役
斉藤彰悟
右訴訟代理人弁護士
石嵜信憲
同
森本慎吾
同
丸尾拓養
同
堀越孝
主文
一 被告は,原告長谷川隆一に対し金63万7416円,同今井明に対し金51万3307円,同菅谷光哉に対し金113万2539円,同浜辺良信に対し金111万6967円及び同山田進に対し金66万5094円並びにこれらに対する平成11年6月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は,被告の従業員である原告らが,被告に対し時間外割増賃金の一部が未払であるとしてその支払を求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告は,貨物輸送及び石油製品の販売を業とする株式会社である。
原告らは,被告の従業員で,東京東部労働組合エスエイロジテム支部(以下「東部労組エスエイロジテム支部」という。)の組合員である。
2 被告の賃金の体系は,基本本給,勤続本給,乗務手当,業務手当,家族手当,加算手当及び通勤手当からなっている(なお,原告長谷川隆一については,平成7年度,右に加えて班長手当が支給されていた。)。被告において,平成9年8月分までの時間外割増賃金の計算基礎賃金は,基本本給,勤続本給及び乗務手当であり,業務手当及び加算手当は含んでいなかった。
3 被告において,賃金の支払は毎月末日締めの翌月15日払いである。
二 主たる争点
1 未払の時間外割増賃金
(一) 原告らの主張
(1) 労働基準法(以下「労基法」という。)37条4項によれば,時間外割増賃金の計算基礎から控除できるのは家族手当,通勤手当その他命令で定める賃金とされているにもかかわらず,被告は,平成7年10月分から平成9年8月分までの時間外割増賃金について,右に該当しない業務手当及び加算手当を時間外割増賃金の計算基礎から控除して支給したため,原告らの時間外割増賃金について,別表二の1ないし5<2~5略>の各割増賃金計算表「未払賃金」欄のとおりの時間外割増賃金が未払となっており,その合計額は,各原告らについて次のとおりである。
原告 長谷川隆一 63万7416円
同 今井明 51万3307円
同 菅谷光哉 113万2539円
同 浜辺良信 111万6976円
同 山田進 66万5094円
なお,原告らの時間外割増賃金の計算基礎となる時間単価は別表一の1ないし5<2~5略>の各計算基礎賃金表「時間単価」欄のとおりである。また,原告らの時間外労働時間は別表二の1ないし5の各割増賃金計算表「時間外労働時間」欄のとおりである。右時間外労働時間は,平成9年3月分までは週44時間制の下,月間所定労働時間191.33時間を超える時間であり,平成9年4月分以降は週40時間制の下,月間所定労働時間174.48時間を超える時間である。
(2) 被告は,原告らが,労基法上の根拠と労働契約上の根拠を混同し,労基法の規定する1週40時間,1日8時間を超える時間外労働を行ったことを具体的に主張・立証しないと主張するが,被告の所定労働時間は,平成9年3月までの週44時間制の下で,年間総労働時間にすると,労基法の年間総労働時間を超えるから,法内時間外労働の問題を生ずることはない。平成9年4月以降の週40時間制の下でも,原告らは,右時間より多い労働時間を所定労働時間として,時間外労働時間を算出しているから,やはり法内時間外労働時間の問題が生じる余地はない。
(二) 被告の主張
原告らは,労基法に根拠を有する時間外労働賃金の算定基礎賃金に,労働契約に根拠を有する時間外労働時間数を乗じることによって未払時間外割増賃金を算出しているが,右請求は労基法上の根拠と契約上の根拠を混同するもので失当である。原告らは,労基法に根拠を有する時間外労働賃金の請求をするのであれば,1週実働40時間,1日8時間を超えて労働したことを具体的に主張・立証すべきところ,被告が所定労働時間外と取り扱った時間外労働時間の総時間数を算定基礎としているにすぎない。しかし,被告が所定労働時間外と取り扱った時間外労働時間は労働契約に基づくもので,直ちに1週実働40時間,1日8時間を超える労働時間とはならない。したがって,時間外労働時間について主張・立証しない原告らの請求は棄却されなければならない。
2 消滅時効
(一) 被告の主張
(1) 原告らは平成7年10月分から平成9年8月分までの未払時間外労働賃金の支払を請求するところ,本件訴訟提起日である平成11年6月1日から遡る2年分については既に時効により消滅しており(労基法115条),被告は右時効を援用する。
(2) なお,原告らの主張する後記本件協定は,被告と東部労組エスエイロジテム支部との間の労働協約であるから,被告と組合員との労働契約に直接影響を及ぼすものではなく,各組合員との訴訟において,各個別的に時効を援用することを禁じたものではない。
また,本件協定には,労使双方が時間外割増賃金及び深夜割増賃金について「誠意をもって十分に協議を尽くすものとする。」との条項がある。すなわち,本件協定は,被告と東部労組エスエイロジテム支部が,かねてからの懸案問題である時間外割増賃金及び深夜割増賃金について,労使は誠意をもって十分協議を尽くし,その限りで協議が整うまでの間時効を援用しないという趣旨にすぎず,組合側の不誠実な態度により協議が一度は暗礁に乗り上げ,その後原告らの突然の訴訟提起により十分な協議を尽くすことが不可能となった場合,その訴訟において時効の援用を禁ずる趣旨ではない。
(二) 原告らの主張
被告は,平成10年7月2日,東部労組エスエイロジテム支部との間で,平成7年10月分以降の時間外割増賃金及び深夜割増賃金について,労基法115条による時効の主張を行わないない(ママ)旨の協定(以下「本件協定」という。)を締結し,本件時間外割増賃金債務を承認した。
本件協定は,原告らそれぞれとの個別的な合意ではないが,被告は東部労組エスエイロジテム支部に所属する各組合員に対し時効の援用をしないという趣旨に解すべきであるから,時効を援用しないとの効果は東部労組エスエイロジテム支部に所属する原告らの時間外割増賃金請求にも及ぶというべきである。
仮に直接本件協定の効果が原告らに及ばないとしても,本件協定を締結した被告が,その相手方である東部労組エスエイロジテム支部に所属する組合員の時間外割増賃金の請求について時効を援用することは信義則に反し許されない。
第三当裁判所の判断
一 証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ(争いのない事実を含む。),右証拠中これに反する部分は採用しない。
1 被告は,貨物輸送及び石油製品の販売を業とする株式会社である。
原告らは,いずれも被告の従業員で,東部労組エスエイロジテム支部に所属する組合員である。
2(一) 被告の現在の給与規定は平成12年3月分から変更されたものであり,本件当時(平成7年から平成9年まで)は現在とは異なる給与規定が適用されていた。
被告の賃金体系は,被告が適用していると主張する給与規定(<証拠略>)には,基準内給与として基本本給,勤続本給,乗務手当及び業務手当,基準外給与として家族手当,調整手当,通勤手当,時間外手当,休日労働手当及び深夜労働手当からなっている。被告は,その他,右給与規定(<証拠略>)には規定されていないが,加算手当を支給していた(原告が主張する給与規定である<証拠略>には基準外手当として記載されている。また,<証拠略>には調整手当は規定されておらず,原告らの給与支給明細書にも調整手当の項目はない。)。
(二) このうち,時間外手当について,給与規定(<証拠略>)19条には,計算基礎額として(本給+基準内手当+調整手当)÷(年間所定労働時間÷12)と規定され,16条には,時間外手当は,1日の所定労働時間を超えた場合に支給し,その額は勤務1時間につき19条の計算基礎額に1.25を乗じた額とする旨規定されているが,被告は,実際には右規定と異なる運用をしていた。
被告は,年間所定労働時間を2298時間とし,それを12か月で割った191.33時間を1か月当たりの所定労働時間とし,これを超えた場合に割増賃金を支給しており,その取扱いは労基法上週44時間と変更された平成9年4月以降も同様であった。また,計算基礎額についても,本給に当たる基本本給及び勤続本給,乗務手当は含めていたが,業務手当,調整手当及び加算手当は算定基礎に含めていなかった。
(三) 被告が右のような取扱いをしていたのは,次のような理由からであった。
すなわち,業務手当は,当初石油タンクローリー車とコークス用ダンプ車の乗務が運転手にとって難しいことを考慮して,乗務日数に応じて支給していたのが,実際に運転手全員が恒常的に右の乗務を行っていることから,便宜的に1か月に24日稼働するものとして,1か月当たり一律1万2000円を支給することにしたもので,被告は,便宜的,恩恵的なものと考えていたことから時間外手当の計算基礎から除外していた。
また,加算手当は,その内容が深夜・早朝の時間外割増賃金見合い分としてのものと,それ以外の回転数,配送件数,長距離運転などに応じてポイント制で付加されるものからなっており,残業手当の一部及び臨時的に発生するものとの趣旨である上,給与規定(<証拠略>)2条の給与の体系及び種類に規定されていないとして,被告は時間外手当の計算基礎から除外していた。
3 東部労組エスエイロジテム支部は,業務手当及び加算手当は労基法37条4項に規定する割増賃金の基礎となる賃金から除外されるものには該当しないとして,被告に対しこれらを時間外手当の計算基礎に含めない被告の取扱いを是正するよう求め,被告と団体交渉を行っていた。なお,東部労組エスエイロジテム支部としては,業務手当は通常の会社業務によって支払われる手当であり,割増賃金の基礎となる賃金から除外されるものを規定した労基法施行規則21条4号の「臨時の賃金」には該当せず,加算手当は業務上のポイント制による手当と深夜労働手当が合算されていたもので,元来両者は分離すべきものであるが,ポイント制による手当については労基法施行規則21条に規定する除外される賃金のいずれにも該当しないから,ポイント制による手当を含む加算手当も時間外割増賃金の計算基礎とすべきであるとの考えであった。
ところが,被告と東部労組エスエイロジテム支部が時間外割増賃金の計算基礎について団体交渉を継続して行く中で,東部労組エスエイロジテム支部が未払であると主張する時間外割増賃金の一部について労基法115条に規定する2年の消滅時効にかかる事態が生じた。そこで,この問題について,東部労組エスエイロジテム支部と被告は協議し,平成10年7月2日,東京都王子労政事務所の労働相談情報係長福島貞及び労働相談情報係主任宇都宮昌城立会いの下,平成7年10月以降の時間外割増賃金及び深夜割増賃金に関する時効について本件協定し,「協定書」(<証拠略>)を作成した。右協定書には,「1会社は,組合から1997年10月28日付け通知書で請求があった1995年10月分以降の時間外割増賃金及び深夜割増賃金(以下「本件割増賃金」という。)について,労働基準法第115条による時効の主張を行わない。2 会社と組合は,本件割増賃金問題の解決のために,誠意をもって充分に協議を尽くすものとする。」と記載されている。
その後も被告と東部労組エスエイロジテム支部とは時間外割増賃金の問題について,本件訴訟提起まで協議を継続してきたが,両者の見解は平行線をたどり,対立が解消されないまま,本件訴訟提起に至った。
二 時間外労働について
1 時間外割増賃金の計算基礎
業務手当及び加算手当が労基法37条4項,同法施行規則21条規定の時間外割増賃金の基礎となる賃金から除外される賃金に該当するかどうかについて検討する。
労基法37条4項,同法施行規則21条は,時間外割増賃金の基礎となる賃金から除外される賃金を規定しているところ,これらの賃金が除外される趣旨は,例えば「家族手当」,「住宅手当」などであれば,同一時間の時間外労働に対する割増賃金額が労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情で代わるのは相当でないとの理由で除外されたものであり,「臨時に支払われた賃金」であれば,労基法37条3項に規定する「通常の労働時間の賃金」とはいえないことから除外されている。これを踏まえて以下に検討する。
まず,業務手当であるが,業務手当は,被告の主張する給与規定(<証拠略>)上基準内賃金とされていること(前記一2(一)),業務手当はもともと困難な乗務とされる石油タンクローリー車とコークス用ダンプ車の乗務日数に応じて支給されていたとしても,実際には運転手全員が恒常的に乗務していたため一律に加算された手当であったこと(前記一2(三))からすると,業務手当は,通常の業務の中に恒常的に含まれる困難な業務の対価として支給されてきた手当であって,被告の考えていたように便宜的,恩恵的ということはできず,まさに「通常の労働時間の賃金」であるといえ,時間外割増賃金の基礎から除外される賃金には該当しないというべきである。
次に,加算手当であるが,加算手当には深夜労働手当分が含まれていることから時間外割増賃金の計算の基礎から除外すべきと考える余地もなくはない。しかし,加算手当には,深夜労働手当分のみならず,運転手が通常の業務としてする乗務の回転数,配送件数,長距離運転等に応じて加算されるポイント制で支給される分も含まれており,右については時間外割増賃金の計算の基礎から除外される賃金のいずれにも該当しない。したがって,本来は深夜労働手当分とポイントによる分は分離し,後者のみ時間外割増賃金の計算の基礎とすべきであり,東部労組エスエイロジテム支部も両者を分離すべきとの見解であったにもかかわらず,被告はこれを分離しなかったことからすると(前記一2(三),3),加算手当を時間外割増賃金の計算基礎から除外して労働者に不利益を与えるべきではない。
したがって,業務手当及び加算手当のいずれについても時間外割増賃金の計算の基礎とすべきである。
2 時間外労働時間
原告らは,時間外労働時間について,平成9年3月分までは,被告が各原告らの給与支給明細書に残業時間として記載されたものを主張する。具体的には,被告は当時月間の所定労働時間を191.33時間としていた(前記一2(二))を超える部分である。また,平成9年4月分以降は労基法が週40時間と変更されたのに伴い,月間の総労働時間について174.48時間として,それを超える部分を時間外労働として主張している。平成9年4月分以降について,被告は従前と同様月間の所定労働時間を191.33時間としていたため(前記一2(二)。なお,証人明石勝巳は,右と異なる証言をするが,右証言を裏付ける証拠はなく,むしろ<証拠略>に照らして採用できない。),原告ら主張の時間外労働時間と被告が各原告らの給与明細書に記載した残業時間とは一致しない。
被告は,その当否について,原告らが労基法上の規定された1日8時間,週44時間ないし40時間を超える労働を行ったとの主張をせず,労働契約上の月間の所定労働時間合計を超えた分を主張,立証するのみであるから,主張自体失当,立証不十分であり,直ちに棄却されるべきであると主張する。確かに,厳密には1日8時間,週40時間ないし週44時間を超える時間外労働時間の合計と単純に月間の総労働時間から算出した時間外労働時間とは必ずしも一致するものではない。
しかし,本件においては,週44時間制の下での月間所定労働時間191.33時間,週40時間制の下での月間所定労働時間174.48時間はいずれも,労基法上の労働時間を超えていること(週44時間制の下では年間法定総労働時間は191.19時間(365日÷7日×44時間÷12月),週40時間制の下では年間法定総労働時間は173.81時間(365日÷7日×40時間÷12月)となる。),被告における勤務は原則として午前7時から休憩時間1時間,実働8時間とされているが,加えて勤務は早朝から開始されたり深夜に及ぶことがあること(<人証略>)からすると,原告らの主張する時間外労働時間が1日8時間,週40時間ないし週44時間を超える時間外労働時間であったことを推認することができるのであって,右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 原告らの未払時間外割増賃金
右1,2によれば,原告らの時間外労働時間は別表二の1ないし5の各割増賃金計算表「時間外労働時間」欄のとおりとなり,各原告らの賃金(<証拠略>)から原告らの時間外割増賃金の計算基礎となる時間単価は別表一の1ないし5の各計算基礎賃金表「時間単価」欄のとおりとなり,未払時間外割増賃金は別表二の1ないし5の各割増賃金計算表「未払賃金」欄のとおりとなり,その合計額は次のとおりとなる。
原告 長谷川隆一 63万7416円
同 今井明 51万3307円
同 菅谷光哉 113万2539円
同 浜辺良信 111万6976円
同 山田進 66万5094円
三 消滅時効について
1 被告は,平成7年10月以降の時間外割増賃金の請求について時効を援用しない旨の本件協定は,東部労組エスエイロジテム支部との間で締結したものであるから,原告らに対し個別的に時効を援用することを禁じる趣旨でないと主張する。
確かに,本件協定は,被告と東部労組エスエイロジテム支部との間で締結されたもので,その所属組合員である原告らそれぞれと被告との間の直接的な合意ではないが,時効を援用しないとする対象が平成7年10月分以降の時間外割増賃金の請求であることは明らかである(前記一3)。そもそも時間外割増賃金は東部労組エスエイロジテム支部に所属する各組合員に個別的に発生するものであり,同組合が当事者として被告に対して時間外割増賃金を請求できるわけではない。しかし,同組合は,所属組合員の利益を代表して,所属組合員に個別的に発生する時間外割増賃金の請求について被告と協議を行う中で,時効を援用しないとする本件協定を締結したのである。
そのことからすれば,同組合に所属する各組合員は,それぞれが被告に対して有する時間外割増賃金の請求について被告が時効を援用しないものと考えるのが通常であり,本件協定の効力が各組合員に直接及ぶかどうかはともかく,少なくとも,被告が,本件において時効を援用することは信義則に反し許されないものと解すべきである。
2 また,被告は,本件協定は互いに誠意をもって充分に協議することが前提になっており,その協議が整うまでの間時効を援用しないとする趣旨にすぎないから,協議の継続が不可能となった場合にまで,訴訟において時効を援用を禁ずる趣旨ではないと主張する。
「協定書」(<証拠略>)の文言からすれば,互いに誠意をもって充分に協議を尽くすことが前提となっていたことは窺える。しかし,そのことから直ちに,協議の継続が不可能となった場合には時効の援用を禁じる趣旨ではないと解することはできない。「協定書」には,協議が整わなかった場合についての記載はないし,仮に被告の主張のとおりとすると,協議が長引き,結局協議が決裂した場合,各組合員は訴訟を提起しても,被告に時効を援用され,その請求が認められないことになり,時間外割増賃金の未払からの救済の道が閉ざされることになる。言い換えると,本件協定の趣旨が被告の主張のとおりなら,協議が長引くことによる危険は一方的に組合側が負わなければならなくなるのであり,近い将来被告が組合の要求を受け入れるであろうといった特別の事情もないのに,組合側がそのような趣旨の協定を締結するとは到底考えられない。協定書の文言や当時被告と東部労組エスエイロジテムが時間外割増賃金の問題に関して協議を行っていた状況(前記一3)に照らせば,問題の解決に向けて第1に労使双方で誠意をもって協議を行うこととし,協議が決裂した場合,時効によって組合側が負担することになる危険を回避して,充分な協議を尽くし,労使間で円満な解決を図ることを可能にするために被告は時効を援用しないという趣旨で被告と東部エスエイロジテム支部は本件協定を締結したものと推認することができる。また,被告は,原告らが,本件訴訟を提起したことによって,労使間の協議の継続が不可能になったとも主張するが,訴訟提起には,法的に労使間協議を中断あるいは停止させたりする効力がないのはもとより,事実上も労使間協議を断絶させるものではなく,実際訴訟提起中であっても,団体交渉等労使間協議を行う例も少なからず見受けられるところである。
3 右に本件訴訟提起まで労使間の協議を(ママ)行われてきたことを併せ考慮すれば,時効を援用しない旨の本件協定により,被告は時間外割増賃金について時効を援用せず,順次時効の完成後債務を承認してきたものというべきである。
四 以上の次第で,原告らの請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,仮執行宣言について259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)
別表一の1 計算基礎賃金表(長谷川隆一分)
<省略>
別表二の1 割増賃金計算表(長谷川隆一分)
<省略>